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現 在

食道癌

1.食道がんとは


1)食道の構造と機能


食道は、のど(咽頭)と胃の間をつなぐ長さ25cmぐらい、太さ2〜3cm、厚さ4mmの管状の臓器です。食道は大部分は胸の中、一部は首(約5cm、咽頭の真下)、一部は腹部(約2cm、横隔膜の真下)にあります。食道は身体の中心部にあり、胸の上部では気管と背骨の間にあり、下部では心臓、大動脈と肺に囲まれています。

食道の壁は外に向かって粘膜、粘膜下層、固有筋層、外膜の4つの層に分かれています。食道の内側は食べ物が通りやすいように粘液を分泌するなめらかな粘膜でおおわれています。食道の壁の中心は食道の動きを担当する筋肉の層です。筋層の外側の外膜は周囲臓器との間を埋める結合組織で、膜状ではありません。

食道は、口から食べた食物を胃に送る働きをしています。食物を飲み込むと、筋肉でできた食道の壁が動いて食べ物を胃に送り込みます。食道の出口には、胃内の食物の逆流を防止する機構があります。これらは食道を支配する神経と自身の筋肉の連関により働くしくみとなっています。食道には消化機能はなく、食物の通り道にすぎません。

2)食道がんの発生と進行

食道がんは食道の真ん中か、下1/3に最も多く発生します。がんは食道の内面をおおっている粘膜の表面にある上皮から発生します。食道の上皮は扁平上皮でできているので、食道がんの90%以上が扁平上皮がんです。がんが大きくなると食道の壁をつくる筋肉に入り込みます。もっと大きくなると食道の壁を貫いて食道の外まで拡がっていきます。食道の周囲には気管・気管支や肺、大動脈、心臓など重要な臓器が近接しているので、がんが進行しさらに大きくなるとこれら周囲臓器へ拡がります。

食道の壁の中と周囲にはリンパ管や血管が豊富です。がんはリンパ液や血液の流れに入り込んで食道を離れ、食道とは別のところに流れ着いてそこで増えはじめます。これを転移といいます。リンパの流れで転移したがんは、リンパ節にたどり着いてかたまりをつくります。食道のまわりのリンパ節だけではなく、腹部や首のリンパ節に転移をすることもあります。血液の流れに入り込んだがんは、肝臓、肺、骨などに転移します。


3)食道がんの発生要因

食道がんの発生要因(危険因子)としては環境因子が重要で、喫煙、飲酒、熱い飲食物の嗜好などががんの発生と密接に関連するといわれています。特にお酒とたばこの両者をたしなむ方に多くみられます(詳しくは「食生活とがん」の項を参照して下さい)。50歳以上の男性で、たばこを吸う方、お酒をたくさん飲む方は食道がんにかかる可能性が高くなりますので、内視鏡検査を受けることをお勧めします。しかし、飲酒や喫煙をされない方でも食道がんにかかる方はいます。

食道がんにかかる方は咽頭(のど)や口、喉頭などにもがんができやすいですし、咽頭や口、喉頭などのがんにかかられた方は食道にもがんができやすいことがわかってきました。


4)食道がんの統計

わが国では毎年10,000人以上の方が食道がんにかかります。その頻度は胃がんの1/8です。50歳代以降、加齢とともに急激に増加し、ピ−クは60歳代で、70歳以上の方が30%以上であり、高齢者が多くかかります。男女比は約6:1と男性に多く、男性では6番目に多いがんです。年間の死亡者数は9,000〜10,000人と全がんの3%を占め、人口10万人あたりの死亡率の年次推移では、男性は横ばい状態、女性は低下傾向にあります。

欧米では、胃液の逆流を原因とする逆流性食道炎から食道がんが発生することが多くなっています。胃がんと同じ腺上皮から発生する腺がんが半数以上であり、わが国とはがんの性格が異なるので資料を参考とする時には注意が必要です。

2.症状


1)無症状

健康診断や人間ドックの時に、内視鏡検査などで発見される無症状の食道がんも20%近くあります。無症状で発見された食道がんは早期のがんであることが多く、最も治る確率が高いがんです。


2)食道がしみる感じ

食べ物を飲み込んだ時に胸の奥がチクチク痛んだり、熱いものを飲み込んだ時にしみるように感じるといった症状は、がんの初期のころに認められるので、早期発見のために注意してほしい症状です。軽く考えないで内視鏡検査を受けることをお勧めします。がんがまだ小さい時は、レントゲン検査では発見できないことがあります。

がんが少し大きくなると、このような感覚を感じなくなります。症状がなくなるので気にしなくなり、放っておかれてしまうことも少なくありません。


3)食物がつかえる感じ

がんがさらに大きくなると食道の内側が狭くなり、食べ物がつかえて気がつくことになります。特にまる飲みしやすい食物(かたい肉、すしなど)を食べた時、あるいはよくかまずに食べた時に突然生ずることが多い症状です。このような状態になってもやわらかいものは食べられるので、食事は続けられます。また、胸の中の食道が狭いのにもっと上ののどがつかえるように感じることがあります。のどの検査で異常が見つからない時は食道も検査しましょう。

がんがさらに大きくなると食道を塞いで水も通らなくなり、唾液も飲み込めずにもどすようになります。


4)体重減少

一般に進行したがんではよくみられる症状ですが、食べ物がつかえると食事量が減り、低栄養となり体重が減少します。3ヶ月間に5〜6kgの体重が減少したら注意して下さい。


5)胸痛・背部痛

がんが食道の壁を貫いて外に出て、まわりの肺や背骨、大動脈を圧迫するようになると、胸の奥や背中に痛みを感じるようになります。これらの症状は他の病気でもみられますが、肺や心臓の検査だけでなく食道も検査してもらうよう医師に相談して下さい。


6)咳

食道がんがかなり進行して気管、気管支、肺へおよぶと、むせるような咳(特に飲食物を摂取する時)が出たり血のまじった痰が出るようになります。


7)声のかすれ

食道のすぐわきに声を調節している神経があり、これががんで壊されると声がかすれます。声に変化があると耳鼻咽喉科を受診する場合が多いのですが、喉頭そのものには腫瘍や炎症はないとして見すごされることもあります。声帯の動きだけが悪い時は、食道がんも疑って食道の内視鏡、レントゲン検査をすることをお勧めします。

3.進行度(ステ−ジ)


食道がんの治療法を決めたり、また治療によりどの程度治る可能性があるかを推定する場合、病気の進行の程度をあらわす分類法、つまり進行度分類を使用します。わが国では日本食道疾患研究会の「食道癌取扱い規約」に基づいて進行度分類を行っています。各検査で得られた所見、あるいは手術時の所見により、深達度、リンパ節転移、他の臓器の転移の程度にしたがって病期を決定します。


0期

がんが粘膜にとどまっており、リンパ節、他の臓器、胸膜、腹膜(体腔の内面をおおう膜)にがんが認められないものです。いわゆる早期がん、初期がんと呼ばれているがんです。


I期

がんが粘膜にとどまっているが近くのリンパ節に転移があるものか、粘膜下層まで浸潤しているがリンパ節や他の臓器さらに胸膜・腹膜にがんが認められないものです。


II期

がんが筋層を越えて食道の壁の外にわずかにがんが出ていると判断された時、あるいは食道のがん病巣のごく近傍に位置するリンパ節のみにがんがあると判断された時、そして臓器や胸膜・腹膜にがんが認められなければII期に分類されます。


III期

がんが食道の外に明らかに出ていると判断された時、食道壁にそっているリンパ節か、あるいは食道のがんから少し離れたリンパ節にがんがあると判断され、他の臓器や胸膜・腹膜にがんが認められなければIII期と分類します。


IV期

がんが食道周囲の臓器におよんでいるか、がんから遠く離れたリンパ節にがんがあると判断された時、あるいは他の臓器や胸膜・腹膜にがんが認められたらIV期と分類されます。

4.診断


食道がんの診断方法には、一般にX線(レントゲン線)による食道造影検査と内視鏡検査があります。その他、がんの拡がりぐあいを見るためにCT、MRI検査、内視鏡超音波検査、超音波検査などを行います。がんの進行程度を正確に診断することは、治療法を選択する上で非常に重要なことです。


1)食道造影検査(レントゲン検査)

バリウムを飲んで、それが食道を通過するところをレントゲンで撮影する検査です。内視鏡検査が普及した今日でも、造影検査は苦痛を伴わず検診として有用です。造影検査では、がんの場所やその大きさ、食道内腔の狭さなど全体像が見られます。がんが進行して気管、気管支と食道がつながって交通ができてしまった(瘻孔形成:ろうこうけいせい)場合にはその状態を知ることができます。

日本人は胃がんが多いので、通常の検診では胃に重点がおかれ、食道は十分に観察されないことがあります。症状があれば検査前にはっきりと伝えておきましょう。


2)内視鏡検査

内視鏡検査では、極めて小さく、浅いがんをとらえることができます。食道にヨウ素液(一般にルゴールといいます)を散布すると、正常の粘膜は茶褐色に染まりますが、がんの場所は染まらずに白くぬけて見えます。小さながんはなかなか見分けがつきませんが、ヨウ素液を使うとがんを確実にとらえることができます。内視鏡検査の最中に異常と思われる箇所の一部を小さくつまみとって、顕微鏡でがん細胞の有無をチェックします。この検査を生検組織診断といいます。

無症状、あるいは初期の食道がんを見つけるには、内視鏡検査は極めて有用な検査であり、たとえレントゲン検査で異常がなくとも内視鏡検査で発見されることがあります。50歳以上の男性で、たばこを吸う方、お酒をたくさん飲む方は食道がんにかかる可能性が高くなりますので、ヨウ素液を使った内視鏡検査を受けることをお勧めします。


3)CT・MRI検査

CT(コンピューター断層撮影)はコンピューターで処理することで身体の内部を輪切りにしたように見ることができるX線検査です。食道の周囲には先に述べたように気管、気管支、大動脈および心臓など極めて重要な臓器が存在しています。

CT検査は、がんとこれらの周囲臓器との関係を調べるためには最も優れた診断法といえます。リンパ節転移の存在も頸部、胸部、腹部の3領域にわたって検索ができます。さらに肺、肝臓などの転移の診断にも欠かせません。進行したがんにおいては進行度を判定するために最も重要な検査です。

MRI検査はCTとほぼ同等の診断能力がありますが、リンパ節をはじめとして描出能の点でCTをしのぐものではなく、あまり一般的には行われていません。


4)内視鏡超音波検査

外見上は内視鏡と変わりはないのですが、内視鏡の先端に超音波装置がついており、食道内腔から食道壁の構造の超音波像が得られる検査です。この検査によりがんが食道壁にどの程度入り込んでいるか(がんの深達度)を見ることができます。また、食道の外側にあるリンパ節の腫大の有無などをとらえることも可能です。現在では食道がんの診断、病期の決定、治療法の選択には必要不可欠な検査法です。ただし、がんのために狭窄の強い場合は、内視鏡ががんの中心部まで到達できないので正確な診断ができません。


5)超音波検査

体外式(体表から観察する)の超音波検査は腹部と頸部について行います。腹部では肝臓への転移や腹部リンパ節転移の有無などを検索し、頸部では頸部リンパ節転移を検索します。頸部食道がんの場合は、主病巣と気管、甲状腺、頸動脈などの周囲臓器との関係を調べるため行います。

5.治療


各種検査の結果を総合的に評価して、がんの進展度と全身状態から治療法を決めます。食道がんの治療には大きく分けて、4つの治療法があります。それは、内視鏡治療、手術、放射線治療と抗がん剤の治療です。その他に温熱療法や免疫療法などを行っている施設もあります。ある程度進行したがんでは、外科療法、放射線療法、化学療法を組み合わせてこれらの特徴を生かした集学的治療も行われます。粘膜にとどまるがんに対しては手術を行わずに内視鏡的に粘膜を切除する治療、内視鏡的粘膜切除術(EMR)が行われており、その数は年々増加しています。これはヨウ素液を粘膜に散布する内視鏡検査が普及し、初期、早期の食道がんが多く発見されるようになったからです。以下各治療法について説明します。



1)外科療法

手術は身体からがんを切りとってしまう方法で、食道がんに対する現在最も一般的な治療法です。手術ではがんを含め食道を切除します。同時にリンパ節を含む周囲の組織を切除します(リンパ節郭清)。食道を切除した後には食物の通る新しい道を再建します。食道は頸部、胸部、腹部にわたっていて、それぞれの部位によりがんの進行の状況が異なっているので、がんの発生部位によって選択される手術術式が異なります。

(1)頸部食道がん

がんが小さく頸部の食道にとどまり、周囲へのがんの拡がりもない場合は、のどと胸の間の頸部食道のみを切除し、同時に頸部のリンパ節郭清を行います。切除した食道のかわりに小腸の一部(約10cm)を移植して再建します。なお、移植腸管は血管を頸部の血管とつなぎ合わせることが必要です。のどの近くまで拡がったがんでは頸部食道とともに喉頭を切除し、小腸の一部を咽頭と胸部食道の間に移植します。そして気管の入口を頸部の最下端中央につくります。喉頭を切除するため声が出せなくなります。頸部食道のがんが胸部食道にまでおよんでいる場合は、胸部食道も切除する必要がでてきます。この場合の再建は胃を食道の代わりとして用います。


(2)胸部食道がん

原則的に胸部食道を全部切除します。同時に胸部のリンパ節を郭清します。胸の中にある食道を切除するために、左側では心臓が邪魔になるので右側の胸を開きます。開胸を行わずに頸部と腹部を切開し食道を引き抜く術式(食道抜去術)もあります。食道抜去術は開胸による食道切除と比較して手術侵襲が軽くてすむ反面、食道の周囲の胸の中のリンパ節を切除することができません。最近では胸腔鏡を使って開胸せずに胸の中のリンパ節を切除する方法も試みられています。胸部食道がんでは、腹部や頸部のリンパ節にも転移をおこすことが多いので、腹部や頸部のリンパ節も郭清します。

食道を切除した後、胃を引き上げて残っている頸部食道とつなぎ、食物の通る道を再建します。胃が使えない時には大腸を使います。胃や大腸を引き上げる経路により、前胸部の皮膚の下を通す方法・胸骨の下で心臓の前を通す方法・もとの食道のあった心臓の後ろを通す方法の3通りがあり、それぞれの病態により選択されます。


(3)腹部食道がん

腹部食道のがんに対しては、左側を開胸して食道の下部と胃の噴門部を切除します。左側の開胸による手術は胸部・下部食道がんで肺機能の悪い人にも行われますが、この場合、上縦隔(気管の周囲)のリンパ節は郭清が不十分となります。


(4) バイパス手術

がんのある食道をそのまま残して食物の経路を別につくる手術です。すなわち、頸部食道を切断して頸部に引き出し、腹部で食道と胃の間を切断し、胃を皮膚の下か胸骨の下を経路として頸部まで引き上げ、頸部で頸部食道とつなぐ方法です。この手術は根治をあきらめ、一時的にでも食べられるようにとQOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)の向上をめざしたものです。最近では、これに代わって食道内挿管法が汎用されています。


(5)外科療法の合併症

手術に続いて発生する余病(合併症)の発生率は肺炎:20%前後、縫合不全(つなぎめのほころび):15〜25%、肝・胃・心障害:3〜5%です。これらの合併症が死につながる率、すなわち手術死亡率(手術後1ヶ月以内に死亡する割合)は2〜3%です。これらの発生率は、手術前に他の臓器に障害をもっている人では高くなります。
2)放射線療法
放射線療法は手術と同様に限られた範囲のみを治療できる局所治療ですが、機能や形態を温存することをめざした治療です。高エネルギーのX線などの放射線を当ててがん細胞を殺します。放射線療法には2つの方法があります。放射線を身体の外から照射する方法(外照射)と、食道の腔内に放射線が出る物質を挿入し身体の中から照射する方法(腔内照射)です。また、放射線療法は治療の目的により大きく2つに分けられます。がんを治してしまおうと努力する治療(根治治療)と、がんによる痛み、出血などの症状を抑さえようとする治療(姑息治療、対症治療)です。

(1)根治治療

根治治療の対象は、がんが手術で切りとれる範囲を越えてはいるが、まだ臓器転移がない場合、がんの手術ができる拡がり方でありながら手術をのりきれるだけの体力がない場合、手術を望まない場合などです。根治治療の放射線療法は、外照射だけを週5日6〜7週続けるやり方と、外照射5〜6週に2〜3回の腔内照射を組み合わせるやり方があります。手術に併用して、手術前あるいは手術後にも行われます。手術後照射には手術でとりきれなかったがんを対象とする場合と、残っているかもしれないがん細胞を目標とする再発予防照射とがあります。

最近、放射線療法と抗がん剤治療を同時に行うほうが放射線療法だけを行うより効果があることがわかってきました。放射線療法に抗がん剤治療を加えることで手術をしなくても治る患者さんが増えたという報告もあります。治すことをめざして治療をする場合は、放射線療法と抗がん剤治療を同時に行うことが勧められます。


(2)姑息治療

姑息治療は骨への転移による痛み、脳への転移による神経症状、リンパ節転移の気管狭窄による息苦しさ、血痰などを改善するために行われます。症状を和らげるために放射線は役に立ちます。症状がよくなれば目的は達成されるので、根治治療の時のように長い期間治療しません。2〜4週くらいの治療です。


(3)放射線療法の副作用

放射線療法の副作用は、主には放射線が照射されている部位におこります。そのため治療している部位により副作用は異なります。また副作用には治療期間中のものと、治療が終了してから数ヶ月〜数年後におこりうる副作用があります。

治療期間中におこる副作用は、頸部を治療した場合、嚥下時の違和感・疼痛・咽頭の乾き・声のかすれ、胸部を治療した場合は嚥下時の違和感・疼痛、腹部を治療した場合は腹部不快感・嘔気・嘔吐・食欲低下・下痢などの症状が出る可能性があります。照射部の皮膚には日焼けに似た症状が出てきます。その他に身体のだるさ、食欲低下といった症状を訴える方もいます。血液障害として白血球が減少することがあります。以上の副作用の程度には個人差があり、ほとんど副作用の出ない人も強めに副作用が出る人もいます。症状が強い場合は症状を和らげる治療をしますが、時期がくれば自然に回復します。

治療が終了してからおこりうる副作用としては、心臓や肺が照射部に含まれているとこれらの臓器に影響が出ることがあります。脊髄に大線量が照射されると神経麻痺の症状が出ることがありますが、神経症状が出る危険がないとされている程度に照射線量を設定するのが普通です。

3)化学療法(抗がん剤治療)

抗がん剤治療はがん細胞を殺す薬を注射します。抗がん剤は血液の流れに乗って手術では切りとれないところや放射線を当てられないところにも、全身に行き渡ります。多くは他の臓器にがんが転移している時に行われる治療ですが、単独で行われる場合と、放射線療法や外科療法との併用で行われる場合とがあります。

(1)化学療法の方法

抗がん剤治療は、何種類かの抗がん剤を組み合わせて使うほうがよく効きます。抗がん剤として現在、フルオロウラシルとシスプラチンの併用療法が最も有効とされています。抗がん剤は点滴の中に混ぜて4〜5日間続けて注射します。腎臓の障害を防ぐために1日に2,500〜3,000mlの点滴を同時に行います。このために入院が必要です。これが1回分の治療で、3週間ほどの休みをおいてもう1回行い、効果があればさらに繰り返します。効果がない場合は別の抗がん剤に切り替えます。

新しい抗がん剤の開発により、大量の点滴を必要としない抗がん剤治療を外来通院で行うことも増えています。


(2)抗がん剤の副作用

副作用は個人差がありますが、薬剤使用中は嘔気、嘔吐、食欲不振はほとんどの人にある程度認められます。しかし、薬剤使用終了後、2〜3日で回復の兆しがみられます。また毎回、投与前には血液、腎機能などのチェックが必要です。特にシスプラチン投与では腎障害をおこすことがあります。したがって薬剤使用中3,000mlぐらいの大量の点滴が行われ、利尿剤を併用し、十分な尿排泄をうながす必要があります。そのため夜間頻回にトイレに行くことから不眠となりがちです。尿が出ることは副作用が出ないことにつながるので心配はありません。また、白血球、血小板が減少することがあるので、二次的な細菌感染の引き金になる風邪をひかないことをはじめとして、その他の細菌感染を受けないよう注意が必要です。


4)内視鏡的粘膜切除術

食道の上皮細胞から発生したがんが粘膜固有層までにとどまっているものでは、リンパ節転移はほとんどないとされています。内視鏡的粘膜切除術は、この粘膜のがんを内視鏡で見ながら食道の内側から切りとる治療法です。1時間ぐらいで終わり、翌日から食事もでき、入院も短期間で済みます。食道がもとの形で残るので治療前と同様の生活ができます。最近では手技も安定してきており、侵襲(しんしゅう)も少なく手術の危険が高い場合でも安全に行える治療です。

切除した組織を顕微鏡で検査した結果、治療前の診断と異なりがん病巣が粘膜下層におよんでいれば、がん細胞が食道の外側のリンパ節などに拡がっている可能性があります。外科手術や放射線療法(+抗がん剤治療)を行います。


5)食道内挿管法

がんによる食道の狭窄のために食事摂取が困難な場合に、シリコンゴムや金属の網でできたパイプ状のものを食道の中に留置して食物が通過できるようにする方法です。食道に穴があいて食物が外に漏れて肺炎などをおこす場合には、穴をおおうためにも使います。手術をしなくとも内視鏡を用いてできるので負担が少なく、QOL向上のためには有用な治療法です。

6.病期(ステージ)別治療


治療は主に病期により決定されます。同じ病期でも、病気の進行ぐあい、全身状態、心臓・肺機能などによって治療が異なる場合があります。


0期

次の治療のいずれかが選択されます。
1. 内視鏡的粘膜切除術

2. 外科療法

3. レーザー治療(内視鏡的粘膜切除術が適切でない場合)
粘膜にとどまるがんでは、食道を温存できる内視鏡的粘膜切除術が可能です。切除した組織でがん細胞の拡がりを調べることができないため、レーザー治療は標準治療ではありません。がんの範囲が広いために内視鏡的に切除できない場合には、手術で切除します。


I期

次の治療のいずれかが選択されます。
1. 外科療法

2. 放射線療法と抗がん剤の併用療法

3. 放射線療法(外科手術や抗がん剤が適切でない場合)
外科療法が標準治療です。放射線療法と抗がん剤の併用療法により、手術をせずに臓器を温存しつつ手術と同等の治癒率が得られるという報告も出てきました。放射線療法と抗がん剤の併用療法と外科療法の効果を比較検討する研究もはじまっています。

放射線療法と抗がん剤を組み合わせる場合、放射線療法の効果を高め再発・転移を予防するための化学療法は、放射線療法と同時に行います。しかし、放射線治療中に抗がん剤を組み合わせると副作用は放射線療法のみに比べると強くなるので、体力が十分でない場合は放射線療法のみが望ましい場合もあります。


II期 III期

次の治療のいずれかが選択されます。
1. 外科療法

2. 外科療法と抗がん剤の合併療法

3. 放射線療法と抗がん剤の併用療法

4. 放射線療法(外科手術や抗がん剤が適切でない場合)
外科療法が標準治療です。治療前の検討で、手術によって完全にがん病巣をとり除くことができると判断され、体力(心臓や肺の機能、あるいは重い合併症の有無など)も手術に耐えうると判断された場合には外科手術が選択されます。再発・転移の防止のために手術前後に化学療法を行うこともあります。手術前あるいは手術後に化学療法(さらに放射線療法を併用する場合もある)を行うほうが手術療法単独より優れているという報告もありますが確定的ではありません。手術に他の治療法を組み合わせる治療法は、手術療法単独より優れているかどうかを確かめるために臨床試験として行われています。

一方、治療前の検討で体力が手術に耐えられないと判断された場合には、放射線療法が選択されていました。その後、放射線療法に抗がん剤による化学療法を組み合わせた合併療法のほうが、放射線療法単独より治療効果が高いことがいくつかの研究で証明されました。放射線療法と抗がん剤の併用療法の進歩により、手術が可能な場合でも手術をせずに、放射線療法と抗がん剤の併用療法により臓器を温存しつつ、手術と同等の治療成績が得られるという報告も出てきました。放射線療法と抗がん剤の併用療法と外科療法の効果を比較検討する研究もはじまっています。


IV期

次の治療のいずれかが選択されます。
1. 抗がん剤による化学療法

2. 放射線療法と抗がん剤による化学療法の合併療法

3. 放射線療法(抗がん剤が適切でない場合)

4. 痛みや他の苦痛に対する症状緩和を目的とした治療
通常、IV期では手術を行うことはなく、抗がん剤による化学療法が行われます。明らかながんの縮小を認めることもありますが、すべてのがんを消失させることは困難です。かなりの副作用があるため、全身状態が不良な場合には化学療法ができないことがあります。また、がんによる食道の狭窄により食物の通過障害があるときなど、症状に応じて放射線療法も行われます。

IV期ではがんによる症状を認めることが多く、痛みや呼吸困難などの症状を緩和するための治療が重要になります。症状緩和の治療技術はかなり進歩してきており、多くの症状を軽減することが可能となっています。

7.治療後の通院


がんの治療後は、機能の回復をチェックし、再発の早期発見のために通院する必要があります。治療後に食事が順調に食べられるようになるまでは、がんの進行度にかかわらず1ヶ月に1回程度の診察を受けます。

がんの進行度が進んでいて再発の危険度が高い方ほど通院する回数が多くなります。時間がたつほど再発の危険度は減り、3〜6ヶ月に1回程度の診察となります。

8.再発

最初の治療で完全に消えたようにみえても、わずかに残っていたがん細胞が増殖して症状が出たり、検査などで発見されるようになった状態を再発といいます。食道がんの再発のほとんどはリンパ節と肺、肝臓などの臓器や、骨への転移です。首のつけ根のリンパ節に再発すると首がはれてきたり声がかすれたりします。胸や腹部の奥のリンパ節に再発すると背中や腰に重苦しい痛みを感じます。肺や肝臓への転移は大きくなるまではっきりした症状は出ません。しかし、体重が減ったり、食欲が落ちる、疲れやすくなるといった症状が出ることがあります。肺の転移が大きくなると胸の壁を押して咳が出たり胸の痛みを感じたりします。肝臓の転移が大きくなると腹部がはって重苦しく感じます。骨への転移は痛みを感じます。もともとのがんが大きかった場合には、がんがあった場所に再発することがあります。気管や気管支に再発すると、咳が出たり血もまじった痰が出たりします。

再発の場合には、再発した部位、症状、初回治療法およびその反応などを考慮して治療法を選択します。手術をすることはほとんどありません。胸の奥や腹部の奥のリンパ節への再発には放射線治療か抗がん剤治療を行います。肺や肝臓、骨への転移は抗がん剤治療を行います。その他、モルヒネなどの痛み止めを用いる症状緩和のための治療が選択されます。

どのような治療をしても、再発したがんが治る可能性は非常に少ないと考えねばなりません。再発した場合には、およそ半年ぐらいの余命と考えられます。放射線や抗がん剤の治療で1年以上生きられることもありますが、がんの進行が早ければ3ヶ月以内のこともあります。

9.生存率


悪性度が高いといわれる食道がんでも、いわゆる早期のがんの治療成績は良好です。0期のがんでは内視鏡的粘膜切除術で切除された後の5年生存率は100%です。粘膜にとどまるがんでは内視鏡的粘膜切除術で切除できない場合でも、手術で切除できれば5年生存率はほぼ100%です。がんが粘膜下層まで拡がってもリンパ節転移をおこしていなければ、手術で80%が治ります。日本食道疾患研究会の「全国食道がん登録調査報告」では、手術でとりきれた場合の5年生存率は、ほぼ54%に達しました。

国立がんセンター中央病院で1992年〜1996年に手術を受けた方の5年生存率は、TNM分類による進行度I期:78.8%、進行度IIA期:58.6%、進行度IIB期:50.9%、進行度III期:32.4%、進行度IV期:19.0%でした(食道がん以外の原因で死亡した場合も含みます)。

これまでは外科療法が主な治療法でしたが、シスプラチンとフルオロウラシルの化学療法が積極的に導入され、さらに放射線治療に化学療法を併用する方法も試みられています。放射線療法と化学療法の同時併用療法で、手術治療と同じ5年生存率が得られたという報告もあります。

しかし、他の臓器にがんが拡がっている方、多くのリンパ節にがん転移を認める方に限定すると、外科療法でも放射線療法と化学療法の同時併用療法でも治癒は困難です。残念ながら、高度に進行したがんを治癒できる治療法は確立されていないということです。

したがって、早期発見が治療成果を向上させる鍵です。検査を恐れず、少しでも症状があったら検査を受け、早期発見・早期治療を行うことが大切です。どのがんでもそうですが、特に食道がんはいったん進行すると急に治癒率が下がります。早くがんを見つけるためには日頃から食道の症状についても注意が必要です。




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